覆面作家は二人いる 著者:北村薫

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 姓は「覆面」、名は「作家」―本名・新妻千秋。天国的な美貌を持つ弱冠19歳の新人がミステリ界にデビューした。しかも、その正体は大富豪の御令嬢…ところが千秋さんには誰もが驚く、もう一つの顔があったのだ。 『推理世界』の若手編集者・岡部を混乱させながら、日常世界に潜む謎を鮮やかに解き明かすファン待望のシリーズ第1弾。 お嬢様名探偵、登場!!
                            角川文庫あらすじより
 

   “覆面作家”こと新妻千秋嬢が探偵、担当編集者岡部良介がワトソン役を務めるシリーズ第1弾。ちなみにかつてNHKで、千秋さんをともさかりえ、良介を原田龍二でドラマ化されてました(それなりに良く出来たドラマだった記憶が。)

 まず、設定が実にいい。ヒロインである千秋さんは、とある大富豪のご令嬢で、天国的な美貌を持つ(天使的ではないのがミソ)内気で浮世離れした、いわゆる深窓の令嬢である。が、一歩屋敷の外にでると、まるで江戸っ子のようなチャキチャキな性格に変身してしまう(ちなみに喧嘩も強い!!)のである。
 この一歩間違えるとありがちな設定が、北村薫の手に掛かるとほんわかと魅力的に見えてしまうのだからさすがである。
 その千秋さんを陰ながら支える良介の存在も、淡いロマンスの香りを漂わせて、読んでてついつい応援したくなるんですな。

 で、本編はというと、円紫さんシリーズと同様に全部で3つの短編から構成されています。ただ、円紫さんシリーズと違うのは、1作目から殺人が起こるところかな。ということで以下、それぞれの短編の感想をば。

 

覆面作家のクリスマス

良介の編集者を勤める『推理世界』に、小説の原稿が届く。その出来映えに才能を感じた良介は、作者の元を訪れる事になった。という、二人の出会いと、良介の近所の高校で起こった殺人事件を千秋さんが解決するまでのお話。
登場人物のちょっとした動作や、風景の描写のなんともいえない暖かい感じは、まさに北村流。事件の真相も、まさに北村流の切ない事件。新シリーズの初っ端としては、文句無い作品です。

 

眠る覆面作家

無事にデビュー作が掲載される事になった千秋さん。その原稿料を受け取る為に良介と水族館で待ち合わせる。が、その水族館はとある誘拐事件の身代金受け取り現場。担当する刑事は良介の双子の兄、優介。ちょっとしたすれ違いの仲で、千秋さんは容疑者と間違われてしまう。
冒頭の千秋さんと良介の電話の会話が事件解決への伏線となってるこの作品。でも事件そのものより、新妻家の執事(今時いるのである)赤沼と千秋さんの、鶯と目白の会話が印象に残る作品。良介と優介の写真を見た千秋さんの反応に、二人の未来を見るようでニヤッ♪

 

覆面作家は二人いる

 良介の良き先輩編集者でもある、左近さん。その姉が警備しているデパートのCD売り場で謎の事件が起きる。万引き防止のブザーが反応するのに、調べると商品は出て来ない。でも、確実に万引きは起きている。しかも、姉の娘の部屋には小遣いでは到底買えないような品物が増えていき・・・。
 本筋の謎もさる事ながら、兄優介から提示される千秋さん双子説の真相にやきもきする良介の姿が可愛い一編。ラストの千秋さんの部屋で交わされる二人の会話の優しさが心地よい読後感を与えてくれます。


 この3篇に共通していえるのは、北村薫の徹底したキャラ作りである。メインの二人はもちろん、優介や左近先輩、果ては執事の赤沼さんや『推理世界』の編集者たちの一人一人が、存分の魅力的であること。ここまで徹底されてるからこそ、ひとつひとつの会話が印象に残るんじゃないでしょうか。とにかく、大好きなシリーズなのです。ちなみに高野文子さんの挿絵も実に素晴らしい出来なのです。