『Yの悲劇』

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行方不明をつたえられた富豪ヨーク・ハッターの死体がニューヨークの湾口に揚がった。死因は毒物死で、その後、病毒遺伝の一族のあいだに、目をおおう惨劇がくり返される。名探偵レーンの推理では、あり得ない人物が犯人なのだが……。ロス名義で発表した四部作の中でも、周到な伏線と、明晰な解明の論理は読者を魅了する古典的名作。

amazon紹介より




『Yの悲劇』ですよ、あなた。これは多分クイーン初体験の作品、その時は小学生で妙訳でしたけどね。
この作品は、日本国内では今でも海外推理小説の最高峰の一つとして、オールタイムベストみたいな企画では必ず上位にくる作品ですね。

日本人にとってこの作品の魅力はやっぱり、ハッター家の歪んだ構造がつぼにはまるんじゃないかと。
鬼のようなばあさん、3重苦の娘、暴力息子、放蕩娘、残酷性ばかりが発達した孫兄弟。
そりゃあ現実逃避したくなりますよ、こりゃ。こんな家で事件が起こらない訳が無いぞ。

くわえて、凶器の謎、殺害計画書、意外な犯人。乱歩が初読した時の歓喜に悶える姿が想像できそうです。
確かにちょっとアクの強さはありますが、全体の構造が緻密に絡んで悲劇に至るプロットはやはり傑作の名に恥じないものだと。
事件の真相を悟ったレーンの苦悩する姿はライツヴィルにおけるエラリィにダブるものがありますね。

読み応え十分な傑作だと思いますよ。

シリーズを読んで、この作品について少し考えるところがあるので、ちょっと書き足します。

以下ネタバレ

事件は真犯人であるジャッキーが、卵酒に入った毒を飲んで死ぬ事により幕を閉じます。この死に関しては曖昧な部分を残したまま小説は終わりますが、やはり卵酒に毒を入れたのはレーンなのではないかと思います。
読み返しても、確実にそうだと論理的に指摘するのは難しいですが、解決編での彼の行動を見る限りそう指摘する事は間違ってないと思いますし、この小説で描かれているジャッキーは自殺するような子供には思えない。むしろ自分の犯した犯罪について、そこまで重大な事とは捉えてはないだろうと思うのです。

犯罪行為そのものに無自覚であるために、目的と手段の論理が逆転してしまうジャッキーの姿は、シェークスピアの『ハムレット』を思い出させます。ハムレットは父の復讐という目的が、いつのまにか復讐という行為の祖の物に酔ってしまてい、復讐という行為を行うために父の死という理由を欲してしまいます。
ジャッキーにとっても、その無自覚性の為に、ただ殺人という行為を楽しむために、ヨーク・ハッターの小説を使い、そしてエミリーを殺してしまった、と考えるのは深読みし過ぎでしょうか。

レーンから見て、ジャッキーの行動が『ハムレット』であったならば、その終着点としてハムレットの自殺的行為による死が存在しなければならない。
しかしながら、ジャッキーは前述したように自殺的行為を行う人間では、ありません。
ここでレーンが考えたのが、自らの手によりジャッキーの死を演出する事だったのではないでしょうか。
だからこそ、彼は事件半ばにして探偵という行為を放棄せざるを得なかったのではないでしょうか。

もちろん、これは余りにも深読みしすぎだと思います。
でも、なかなかこの考えを手放す気にもなれないんですよね。
だって、レーンは“シェークスピアに憑かれた男”だと思うので・・・。